おっちょこちょいな日常をおくる、うるるの雑記ブログ。

『コースト・オブ・ユートピア』

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シアターコクーンで、Bunkamura20周年記念特別企画と銘打たれた話題の大作、「コースト・オブ・ユートピア」を観ました。

激動の19世紀のロシアを舞台に、農奴制による封建制度の撤廃によって市民の自由を勝ち取ることを夢見たロシアの知識人たちが、理想と現実の間でもがき苦しむ姿を描いた物語で、作者はトム・ストッパードさん。2007年のトニー賞受賞作です。製作発表の記者会見で、勝村政信さんが「台本を持っただけで手首を痛めた」と言って笑いをとったのもうなずいてしまう、ボリュームたっぷり密度の濃い舞台。演出は蜷川幸雄さん。

物語の構成は3部に分かれていて、
Ⅰ部: VOYAGE 「船出」
Ⅱ部: SHIPWRECK 「難破」
Ⅲ部: SALVAGE 「漂着」
で、トータル9時間!

実際に舞台を観る前は、覚えにくいカタカナ名前(なんちゃらヴィッチとか、なんちゃらスキーとか!)、ロシアの歴史(世界史まじめにやってなかったから、わからなーい)、そして休憩含めて10時間も劇場に!腰は大丈夫かしらん?なんて、乗り越えるべき課題の多さにビビってたんです。ただ、私には一つ、光明がありました。それが蜷川演出ということ。蜷川さんの作品は、そんなに数多くは観てる方ではありませんが、私はどうやら相性が良いらしくて過去に退屈した経験がなかった。
その確信は大当たり。10時間は、あっという間でした。腰は…やっぱりヤバかったけど(笑)走り終わった時の満足感というのか充足感というのか、何とも言えな
い想いで胸がいっぱいになって。本当に素晴らしい作品でした!!ラスト、彼らはユートピアに辿り着けなかったけど、うるはユートピアのまっただ中にいました(笑)

オープニング、開演時間前から全キャストがステージ上にいます。ロビーで知人にご挨拶をしていたので、ギリギリ5分くらい前に席に着くことになったのですが、場内に入った途端、ステージ上がリハーサル室での台本読み風景みたいなことになっててポカーン…。で、すぐさまオレンジ色のTシャツ@幹二さんが目に飛び込んできて(100人いてもダイジョーブ!)「がーん!幹二さん、居るし~!」ってつぶやいちゃいました。そゆことチケットに書いといてくださ~い!!(笑)

第Ⅰ部、バクーニン一家のゆるやかに離散してゆくエピソードを通して、その時代のロシアの置かれてる背景を私たちは知ることになります。
バクーニン家の四姉妹(紺野まひるさん、京野ことみさん、美波さん、高橋真唯さん)がビックリするほど可愛い。ついついミハエル兄ちゃん(勝村政信さん)視点で見てしまう私(笑)世界観は、確かに蜷川さんや劇評家の皆さんがおっしゃる通り、チェーホフ的世界でした。あと誰も賛同してくれないかもなんだけど、クドカンが書いた「木更津キャッツアイ」+「マンハッタンラブストーリー」を混ぜたみたいだなぁって。あ、あれっ…やっぱどんちんかんすぎてダメっ!?(滝汗)すごく手法が面白くて、パズルのピースを1個1個ピタッピタッとはめていくように、散りばめられているエピソードが1つの歴史の流れの中に収まっていくのが爽快でした。

Ⅰ部で光っていたのは勝村バクーニンと池内ベリンスキー。考えてみたら池内さんの演技って今までじっくりゆっくり観たことなかったけど(「おと・な・り」出てたけど~)ベリンスキーのキャラクターを掴んでいて繊細な心の動きが伝わってきました。
さて我らが幹二さま。このⅠ部はオガリョーフの出演シーンってほとんどないのですよね~。2幕の最初にちょこっと(陽気に歌ったりしてます)。でも、「おっ!」と思ったのが仮面舞踏会のお客さんになるのですよ~。幹二さんのモブってちょっと必見じゃないですか!これがあったので出番が少なかったけど、ま、いっか?みたいな(笑)
Ⅰ部のラストシーン。照明が本当に美しく、瑳川哲朗さんの醸し出す静かで荘厳な空気感が、とても感動的で印象に残りました。

第Ⅱ部、Ⅰ部では存在感なしだったゲルツェン(阿部寛さん)にいよいよ光があたりました。まるでプリズムのように、ずっと同じ塊を見ているはずなのに、ほんの少しだけ立ち居地をずらすと輝く色が変わって面白い!
阿部ゲルツェン出ずっぱり、吼えっぱなしです。すさまじく圧倒されます。怖い。目が離せない。熱くて魂のこもった演技に胸がズシズシ打たれました。特に中盤くらいの水野さんとのぶつかりあいは息をするのも忘れてしまうほどの迫力で、このままいったら壊れて倒れちゃうんじゃないかってくらい、何かが憑依してた。ずっと鳥肌が立ってました。

私は第Ⅱ部の、イギリスへ向かう船上でゲルツェンがバクーニンの幻を見るシーンが大好きでした。あ、幹二さんは出てこないんだけどね(汗)「劇中で一番好きなシーンはどこですか?」と訊かれたら、私はあの船上シーンを挙げます。
そうそうバクーニンといえば、Ⅱ部のバクーニンはⅠ部とのギャップが激しすぎて!出てきた瞬間、笑いが止まらなかったです。だーかーら言わんこっちゃないよ、みたいな?すんごくおっちょこちょいキャラだと思うんだけど、実際に会社の後輩とかだったらすんごい小言とか言っちゃいそうなんだけど、うるは案外おっちょこちょいな人、好きなんだよね~(笑)とても魅力的なキャラクターです、バクーニン。勝村さんの飄々とした演技が、長丁場でガチガチ固まった客席をふっと緩ませてくれて、ちょっぴり惚れそうでした(笑)

そして魅力的といえば石丸オガリョーフ!Ⅱ部では1幕冒頭と2幕ラストに登場しました。
Ⅱ部のオガリョーフは、ご自身が「色に例えると黄色」とおっしゃっていた通り、自分をハッキリ主張していながら、あたたかい。硬くてやわらかい人物。ラストはちょっと出てきて美味しいとこズゴーッとかっさらってく役回りでした(ナイス!)。ここのシーンがまた泣かされポインツなんですよね~、前のシーンから引き続きでやられてたうるでした。あの優しい笑顔、大好きです。
Ⅰ部の黒のロングジャケットにスカーフも素敵だったけど、このⅡ部のオフホワイトの衣装、幹二さんすっごくお似合いで素敵だったなぁ。男子のロングジャケットって本当カッコイイです~。萌え萌え(ロングジャケットフェチ)

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第Ⅲ部、ロンドンに亡命したゲルツェンは新しい人脈を得て自由印刷所を立ち上げ、待望のロシア語版「向こう岸から」を出版。そして、親友のオガリョーフと「鐘」を出版しつつも、彼の妻ナターシャとの関係も深まっていく…という内容。Ⅰ部では20代の若者だった彼らも、この部では50代となり、次世代の革命家に「あなたはもう死んだ人だ」なんて言われてしまう。

その若き革命家ニコライ・チェルヌイシェフスキーを演じたのが、愛らしさ満点のスタンケーヴィチを演じていた長谷川博己さん。最初は「え、あの人、誰?誰?」
というくらいわからなくて、折りたたんだカンニングペーパー(黄色い紙)に目を落としてひっくり返ってしまった。最初に主要キャストが発表になった時に「阿部
さん、勝村さん、池内さん、幹二さん、べっしー、そして…誰?」っていうくらい謎の人だったんですが(ごめんなさ~い)今回の作品ですっかり注目して
しまった1人です。

うる的にはこの作品、心をグイグイ掴まれて揺さぶられた第Ⅱ部に尽きるんだけど、石丸ファン的に第Ⅲ部は、とにかくオガリョーフの見せ場満載で、見逃せないシーンが続いたので6時間越えの疲れなんてどこへやら、後半に向かうにつれテンションが加速的に上昇してました(笑)
ゲルツェンのようなカリスマ性もない、バクーニンのような行動力もない、でも彼がいなければきっとゲルツェンも前に踏み出せなかった。そんな月光のような存在感のオガリョーフを、血の通った人物として幹二さんが体当たりで演じていた第Ⅲ部。

女性に翻弄されていたオガリョーフだけども、結局のところ、一番愛してたのはゲルツェンだったのかと思う。(ホモセクシュアルな意味ではなくて。)雀が丘の誓いの日のことを「あの日が人生で一番至福の時だった」とサーシャに話すオガリョーフの笑顔がそれを物語っていて、そこがⅢ部のフラグにもなっている。(ゲルツェンもⅠ部でその話をスケート場で嬉々として語っていますよね。)そういえば私の読んでいた参考書に雀が丘のくだりが載ってて、ちょっとキュンとします。

「わたしたちの生命を、わたしたちの選んだ戦いのためにささげよう」この日から雀が丘は、ふたりのための祈りの場所になった。一年に一、二度はきっとこの「神聖な丘」にいってふたりは誓いをかためた。そしてふたりは生涯その誓いをやぶらなかった。(中略)ゲルツェンもオガリョフも神を信じなかった。神を信じるかわりに革命を信じた。

それを踏まえてのあのトライアングル生活を鑑みると、単純に「なんで許してしまうのかしら~、理解不能~」と単純に切って捨てられないものがあるんですよね。2人は単なる仲良しの親友じゃなくて、革命の原点となった日を大切に守り抜いてきた「心友」で、オガリョーフは少年時代からずーっとゲルツェンのことを愛していたんだろうなぁって。

Ⅲ部で再会したその日、ナターシャに心を動かされたゲルツェンが「なんて素晴らしい女性なんだろう。彼女に口づけしても?」というと、オガリョーフは酔っぱらったふりでどうぞどうぞというジェスチャーをしながら、サッと顔色が変わる。キスしている2人を横目で見ている幹二さんの演技が本当に深くて、鳥肌が立っちゃった瞬間なのですが、そこも実はナターシャを取られるんじゃないかという心配じゃなくて、もっと複雑でドロドロした感情なんだろうなと思ったりも。彼の心にぽっかりとあいた暗闇。あの瞬間、哀しい未来がすっと透けてみえて本当にやるせなくなります。でもさらに言うと、ゲルツェンは実はナターシャの中にナタリーの影を探している。せめてゲルツェンとナターシャの愛が本物なら、オガリョーフもあそこまで病まなかったのかも。人間ってホント面倒くさい生き物だよ(でもそこが面白いのだけども)…なんて思ってしまいました。

オガリョーフのセリフの1つで「自分の人生のようだ。どうやって歩いてきたのか記憶にないが、目が覚めたらベッドの上にいる。」というのが印象的です。(正確じゃないかもだけど)幹二さんがリアル生活で酔っ払ってそうなりませんように…!じゃなくて(笑)オガリョーフがひたむきに生きてきたことが、こんなさりげない言葉の中にも見え隠れしてて。
いや、オガリョーフだけでなく、彼らは皆ひたむきに生きてきたのだろう。

前へ進むこと。
向こう岸には楽園なんてものはない。
それでも前へ進むこと。
今を懸命に生きること。
我々の進んだ後に歴史が作られる。
我々の落としたものは後に続く誰かが必ず拾ってくれる。

ロシアに関わらず、あんなふうに、ひたむきに精一杯人生を生きた人たちがいてこそ今の暮らしがあるのだということ。
私たちはもっと先人たちに感謝しなければという痛烈な思いが心をよぎり、温い世の中で温く生きている己れ自身を鑑みることの大切さを教えてもらったような、そんな作品でした。

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うるる

映画とミュージカルが大好きな、うるるのブログです。ご贔屓の俳優さんは、上質を知るミュージカル界の貴公子こと石丸幹二さん。私もコーヒーが大好きなのですが、1年に3回くらい派手にぶちまけて周囲から哀しい目をされます。自他ともに認めるおっちょこです。アイコンはふわふわ。りさんのイラストです。

マルmemo.